伝統文化と美食が人気の金沢は、四季折々の彩り豊かで個性的な加賀野菜でも知られています。そのひとつ「五郎島金時」は、
金沢で育ったさつまいも。すっきりと晴れた青空の下、一面に広がる五郎島金時畑。見渡す先にはうっとりするほどの山景色
ですが、実はここ五郎島は、砂丘地なのです。なぜ金沢でさつまいも!? しかも砂丘で!? 第1回は、その由来からおいしい
食べ方までご紹介していきます。案内してくれたのは、五郎島さつまいも部会の西沢哲朗さんと忠村哲二さんです。
五郎島金時の始まりは、およそ300年前。江戸時代に、太郎右衛門という人物が鹿児島から種芋を持ち帰り、栽培を始めたのが起源と言われています。砂丘地の五郎島では、畑に水をためることができないため作物が育たず、何を作っても定着させることはできませんでした。そんな時、遠く鹿児島からはるばるやってきたさつまいもが、この砂丘の土壌にぴったり!当時の人たちにとって貴重な食糧でもあったさつまいもは、何代にもわたる農家さんたちの試行錯誤の積み重ねで、今では全国に誇るブランド野菜に成長したのです。
「こっぼこぼ」とは、石川の方言で「ほくほく」という意味。
生産農家さんたちが目指しているのは、ねっとりとしたおいもではなく、やたらに大きいおいもでもなく、ぎゅっと肉質がつまって味わい深い「こっぼこぼ」のさつまいもです。
”こっぼこぼ”のおいもが育つヒントは、五郎島の砂丘地の砂粒にありました。手取川から流れ出た土砂の粗い砂粒は河口に沈み、細かい粒はさらに遠くへいきますが、五郎島のあたりは中間サイズの砂粒で、通気性と保水性のバランスが良く、「こっぼこぼ」なさつまいも栽培にぴったりなんだそうです!
土の管理も大切で、収穫前は肥やしは切れ気味にして、あえて追肥をしないようにしています。そうすることで収穫量はやや落ちるものの、“こっぼこぼ”のおいしいおいもが育つのです。専用肥料に使われている米ぬかもポイント。米ぬかを入れることで甘みが増し、悪い菌が繁殖しにくい効果もあります。
五郎島金時は、細かく39通りに選別され、出荷されます。こぶしのように丸っこいものから、親指の細さのものまで、お客さんが料理にあわせて、サイズを選んで買えるようになっています。
「どんな形のおいもがおいしいんですか?」と尋ねると、「まぁ理想をいえば…」おふたりそろってニッコリ、「そろっそろ(すらっとした)のいもがいいねぇ。」と答えてくれました。
すらっとしたハンサムなかたちの五郎島金時が、格別に”こっぼこぼ”でおいしいのだそう。
地元の人たちのおいもの食べ方は、焼きいも、芋粥、天ぷら、コロッケ、めった汁(豚汁)、カレー、シチュー、ポタージュなど。水分が少ない分、形がしっかりしていて煮崩れしにくいので、煮物に向いているそうです。でも、やっぱりいちばんのおすすめは焼きいも!
「焼きいもで食べたら間違いなく違いが分かると思います!」と忠村さん。
朝早くから畑仕事をはじめて、おいしいさつまいもを育てるために、年中忙しく働いている生産農家さん。さつまいも部会長の西沢哲朗さんに、どんな生活なのかお話を聞かせていただきました。
五郎島の農家に生まれ育ち、五郎島金時の生産に携わって30年という西沢さん。お父さんを早くに亡くし、お母さんと2人で農業を続けてきました。起きるのは毎朝3時すぎ。さつまいもやスイカの畑を見にいったり、地元の農家さんとの会議があったり(スイカ部会の部会長も兼任!)、夜まで忙しく働いています。「もう百姓疲れてしもうたわ〜」と苦笑いしつつも、五郎島金時を語り始めると、とたんに生き生きと。
「家業を継ぐことに迷いや葛藤はありませんでしたか?」と聞いてみると、ちょっとした昔話をしてくれました。
今でこそベテラン農家の西沢さんですが、高校生の頃は遊んでばっかりで、どこの大学にも行けないとお母さんを心配させていたそうです。
そんな中、担任の先生の「西沢くんのところ農家だから、農業大学だったら推薦書いてあげるよ」という助け舟のおかげで、クラスでいちばん遊んでいたのに、誰よりも早く進路が決まったそうです。当時はクラスメイトから不評を買ったことも今ではいい思い出。
若い頃は、仲間とバンドを組んでミュージシャンを目指したことも。バンドをしたいんだったら、農業をすれば時間が自由になるからいいよ、という親の助言を真に受けて農業を始めてみたら、忙しくてそんな余裕も時間もないことに気づいたのだとか。そんな風に自然の流れに身を任せているうちに、西沢さんの農家の道は始まったのです。(ミュージシャンを目指していただけあって、とっても良いお声でした。)
「学校が休みんときにやっとったことを、毎日やっとるだけ。ほんだけの違いやから。」
子どもの頃から家の手伝いをしてきた西沢さんにとって、さつまいもの収穫は特別なことではなくて、昔から毎年見てきた光景でした。納屋にストーブを炊いて、そのうえでおイモを焼くと、通りかかった近所の人が、「このおいもおいしいねぇ!」と食べていくような温かなやりとりも日常のこと。そんな西沢さんでも、掘ってみるまで姿が見えないさつまいもは、毎年育つ姿を見ていてもまだまだ「奥が深い」と言います。子どもの頃から体に染み付いている感覚を頼りに、今日も西沢さんのこっぼこぼのおいもの追求は続きます。
3月頃から畑の準備がはじまります。他の産地と違って、五郎島金時は元肥いっぱつ!基本的に追肥はしません。そのため、米ぬかを入れたり肥効が長く続くように工夫されています。
スプリンクラーを使って夏には2日に1回、2時間ほど水まきをします。日照りが続くときには、毎日スプリンクラーをまわすことも。
8月下旬から収穫が始まり、11月上旬にはすべての収穫を終えます。葉っぱが黄色く変色してきた頃が収穫の合図。収穫したさつまいもは、すべて手作業で39通りに分類されて出荷されます。
5月頃から苗の植えつけをします。この頃から、雑草の世話と水やりなど、五郎島金時の農作業が本格的に始まります。
比較的手間のかからない五郎島金時ですが、おイモをかじる虫と、葉っぱをかじる虫の防除を欠かせません。初めの肥やしの時と7月の下旬に、産地全体で一斉に害虫の防除を行います。
さつまいもの葉っぱって
食べられるの?
さつまいもって、食卓ではおいもの部分しか見かけませんよね。じつは、葉柄(ツルの部分)も湯がいて食べることができるんです!中には、ツルをとる専用の品種を育てている農家さんもいるのだとか。農家さんのご家庭でもめったに食べないそうですが、フキのような味わいで、佃煮やお漬物として食べられるそうです。
通年市場に出回る五郎島金時。冷涼な金沢の地で、おいしいさつまいもが食べられるヒミツは育て方だけでなく、3つの貯蔵方法にもありました。年内に出荷するものは、温度管理をしない倉庫に貯蔵。1〜3月に出荷するものは、13℃以下にしない定温貯蔵。そして春に出荷するさつまいもは、キュアリング施設で貯蔵されます。
今回は、その要となるキュアリング施設を見学させてもらいました。収穫の時期はこの大きな倉庫がさつまいもの箱でいっぱいになるんだそうです…!
あまり聞きなれない「キュアリング」という言葉。春に出荷されるさつまいもの風味が落ちないように行われる、”キュアリング処理”とは何をしているのでしょう?
まず、掘ってすぐのさつまいもを倉庫にいれ、34〜35℃くらいに温度をあげ、湿度を100%にして100時間ほど寝かせます。その後一気に13℃まで温度を下げ湿度を80%にします。このキュアリング処理を行うことで、さつまいもの表面に活動を停止した細胞の膜(コルク層)が作られます。コルク層を作ることでお芋が死んだふりをするので雑菌を防ぐことができます。さつまいもの甘みも増し、長時間にわたっておいしさを保てるのです。
「昔は手掘りでやっとったから、掘るのも人力で。夕方みんな集まってヘトヘトで疲れとるところから、また11段まで積んどった。今はもう全部機械でできるようになったから、相当楽になったな〜。」と西沢さん。
今では、全国からさつまいも農家さんがこのキュアリング施設を見学に来るほど。この画期的なキュアリング施設のおかげで、冷涼な金沢でもさつまいもを長く出荷できるようになり、こっぼこぼのさつまいもが全国でも広く食べられるようになったのです。
焼きいも、スイートポテト、おいもごはん、おいものタルト…
さつまいもは大好きな食材のひとつ。五郎島金時のおいしいレシピ研究中!